靖国と私、そのニ

前回は靖国に関わる不思議な体験をお話いたしました。今回はその続きです。御霊をみたり浄化されたり、その後も色々な現象は納まりません。大きく分けると、天津神と靖国の二つになります。天津神の話はまたいつか機会がありましたらご紹介させていただきます。
多分四年ほど前のことですが、私と妻の熊吉君でソファーに座ってテレビを見ていました。ある俳優さん、お名前は今井なんとかさんで(スミマセン、失念いたしました。)、元自衛官の方です。彼の俳優になるまでの足跡をたどる、そんな番組でした。自衛隊時代の話から俳優になって彼の出世作となった舞台、「WINDS OF GOD.」という太平洋戦争のカミカゼを描いた作品の話になったとたん、「グラグラグラ」私達の座っていたソフアーが揺れはじめます、隣の本棚のアームライトも激しく上下に揺れていました、震度3弱くらいでしょう。部屋の一角だけの地震、通称「うちだけ地震」とよんでます。いまでは二人とも慣れっこです。信じていただかなくても結構です。
もう一つ、ほのぼのとしたお話をいたしましょう。題して「マイマイ君の恩返し」あれは昨年の1月でした、朝出かける時に玄関にある小靖国のわきに置いてある鉢植えを見ますとカタツムリがはりついていました。こんな真冬にカタツムリか?いままで全く気がつきませんでした、ペリッと手に取ってみましたが殻だけみたいなので、流しの三角コーナーにポイッと捨てて店に行きました。
日曜日の夜は奥さんの熊吉君が手伝いに入ります。仕事後に中華街の酔仙酒家にて水餃子で一杯やり家に帰りました。うちに着きドアーを開けると流しの水道の水が白糸のようにスーッと細く垂れていました。熊吉君は、アッいけない!と言って蛇口をしめます、その直後です、「父ちゃん、マイマイ生きてるよ!」そうです、彼は生きていたんです!冬眠からさめたか、どうだか、カタツムリの生態は知りません。が、彼は活動を始めました。しばらくは鉢植えでおとなしくしていましたが3月の終わり頃から活発に動き回ります、ある時は鉢植えに差してある小さな国旗のてっぺんに、またある時は零戦の操縦席に乗り込もうと試みたり、

 
まあ、こんな感じで「元気ハツラツ、オロナミンC」。私のカタツムリのいる風景は、どおしたって紫陽花とセットの梅雨時なんですが?まー靖国から英霊がカタツムリになって遊びにきたんだろう。そう熊吉君と話してました。それならばいつまでもうちの狭いアパートに居させたんじゃかわいそう、靖国に帰してやっぺ、そう思い、4月の桜の時に靖国の裏にある池のそばに放してやりました。「カラスの餌になんじゃねーぞ、また、いつか遊びにこいよな。」
その翌日、店を終えて家に帰ると台所のテーブルの上にお煎餅が置いてあります、よく見ると、なんと靖国のお土産でした。熊吉君に「おい、この煎餅どおしたんだ?」聴くと、熊吉君が営業から帰社したら、自分の机の上置いてあったそうです、内勤さんのお土産でした。あーこれはマイマイ君のお礼だ、アイツいい奴だな。 靖国で浄化されてから英霊が自分に、懸かってるのはもうわかっていました、それも海軍の飛行兵であることも一連の現象で予想はつきます。他にも色々起こりましたから。 よし、鹿児島に行こう、鹿屋にいって英霊にご挨拶してこよう。そう決めました。今回はここまで、次回は鹿屋での英霊との不思議な出逢い。キーマンは熊五郎君です。

ではまた。皆様ごきげんよう。